世界経済と文化の中心地、ニューヨーク。この圧倒的な存在感を放つ都市の名前は、イギリスの王族「ヨーク公(Duke of York)」にちなんで名付けられました。
元々はオランダの植民地であり、「ニューアムステルダム」と呼ばれていたこの土地。大国の覇権争いによって主権が移り、世界史の波に翻弄されながら現在の名前を獲得しました。
この記事では、ニューヨークという名称の成り立ちから、かつての歴史的背景、さらには「ビッグ・アップル」や「ゴッサム」といった有名な愛称の由来まで、大都市の裏側に隠された語源のドラマをひも解きます。
ニューヨークの由来を先に結論から解説
まずは、ニューヨークという名前がどこから来たのか。その核心となる事実を整理します。
この都市の名称については「諸説あり」ではなく、歴史的な事実として確固たる一つの由来が存在します。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| ニューヨークの語源 | イギリスの王族「ヨーク公(ジェームズ2世)」の称号に由来 |
| かつての名称 | ニューアムステルダム(オランダ植民地時代) |
| 改称された時期 | 1664年、イギリスがこの地を占領した際 |
| 名付け親 | 当時のイギリス国王チャールズ2世 |
イギリスの「ヨーク公」に捧げられた街
ニューヨーク(New York)の「ヨーク」とは、イギリスのイングランド北部にある古い都市の名前です。しかし、直接その都市から名付けられたわけではありません。
正確には、当時のイギリス国王チャールズ2世の弟である「ヨーク公ジェームズ(後の国王ジェームズ2世)」の称号にちなんでいます。
1664年、イギリスが現在のニューヨークにあたる土地をオランダから奪取した際、国王チャールズ2世はこの広大な土地を弟のヨーク公に与えました。新しい領主となったヨーク公に敬意を表し、この地は「新しいヨーク公の土地」という意味を込めて「ニューヨーク」と名付けられたのです。
一個人の称号が、後に世界最大の都市の名前になるとは、当時のヨーク公ジェームズ自身も想像していなかったはずです。
オランダからイギリスへ。名前が変わった歴史的背景
ニューヨークという名前が生まれる前、この地はまったく別の名前で呼ばれていました。
都市の名称が書き換えられた背景には、17世紀のヨーロッパ列強による激しい植民地争奪戦がありました。
幻の名称「ニューアムステルダム」
ヨーロッパ人として最初にこの地域を探検したのは、1609年にオランダ東インド会社に雇われたイギリス人探検家ヘンリー・ハドソンです。彼がハドソン川を遡上したことをきっかけに、オランダによる入植が始まりました。
1624年、オランダはこの一帯を「ニューネーデルラント(新しいオランダ)」と名付け、その中心地である現在のマンハッタン島南端部を「ニューアムステルダム(New Amsterdam)」と呼びました。
母国の首都アムステルダムにちなんだこの名前は、約40年にわたってこの地の正式名称として機能します。現在でもウォール街(オランダ語の「防壁」に由来)など、ニューヨークの街角にはオランダ植民地時代の名残がひっそりと息づいています。
1664年の無血開城と「ニューヨーク」の誕生
交易の拠点として発展を続けるニューアムステルダムに、強力な海軍力を持つイギリスが目を付けます。
1664年8月、イギリスの艦隊がニューアムステルダムの港に突如として現れ、降伏を要求しました。当時のオランダ側総督ピーター・ストイフェサントは徹底抗戦を主張しましたが、住民たちは勝ち目がないと判断し、無血開城を選択します。
この歴史的な転換点を時系列で追うと、以下のようになります。
- 1624年:オランダ人が入植し「ニューアムステルダム」と命名。
- 1664年8月:イギリス艦隊が港を封鎖し、降伏を迫る。
- 1664年9月:オランダ側が無血開城。イギリスの支配下に入る。
- 同月:国王の弟ヨーク公にちなみ「ニューヨーク」へ改称。
弾丸一発撃ち合うことなく、地図上の名前はあっさりと「ニューヨーク」へと書き換えられました。もしこのときオランダが防衛に成功していれば、今日の私たちは「ニューアムステルダム」という世界都市を知っていたはずです。
「ビッグ・アップル」の由来をめぐる諸説
ニューヨークを語る上で欠かせないのが、「ビッグ・アップル(The Big Apple)」という世界的に有名な愛称です。
街中にりんご畑があるわけでもないのに、なぜりんごなのでしょうか。この名称の起源については複数の説が存在します。
| 説の名称 | 内容の要約 | 確からしさ |
|---|---|---|
| 競馬情報紙説 | 競馬記者が「ニューヨークのレースは賞金が大きい(大きなリンゴ)」と書いた | 最も有力。公式記録あり。 |
| ジャズ界の隠語説 | ミュージシャンが「ニューヨークでの成功」を大きなリンゴに例えた | 有力。1930年代に普及。 |
| 売春宿の女主人の名前説 | エヴリン(イヴ)という女性が経営する売春宿の俗称から広まった | 俗説。証拠に乏しい。 |
競馬情報紙の記者が広めた有力説
現在、最も歴史的な裏付けがあるとされているのが「競馬」に由来する説です。
1920年代、ニューヨーク・モーニング・テレグラフ紙のスポーツ記者であったジョン・J・フィッツジェラルドは、ニューオーリンズの競馬場で黒人の厩務員たちが交わす会話を耳にしました。彼らは、賞金が高額なニューヨークの競馬場へ行くことを「The Big Apple(大きなリンゴ)に行く」と表現していたのです。
馬にとって最高のごちそうであるリンゴ。そこから転じて、「とびきり大きな報酬」「最高の舞台」を意味する隠語として使われていました。
この表現を気に入ったフィッツジェラルドは、1924年から自身の競馬コラムのタイトルを「Around the Big Apple(ビッグ・アップル周辺)」と名付けます。これが活字として定着した最初の記録とされています。
ジャズミュージシャンたちの合言葉
競馬界で生まれた言葉を、さらに広く大衆に浸透させたのが1930年代のジャズミュージシャンたちです。
当時、全米を巡業するミュージシャンにとって、ニューヨークのハーレムにあるクラブで演奏することは最高の栄誉でした。「木にはたくさんのリンゴがなっているが、ニューヨークのリンゴが一番大きくて甘い」という言い回しが流行し、ニューヨーク自体を「ビッグ・アップル」と呼ぶようになります。
1970年代に入ると、ニューヨーク市が観光キャンペーンの公式シンボルとして赤いリンゴのマークを採用し、この愛称は世界中で不動のものとなりました。
俗説として広まる娼婦「イヴ」の説
一方で、インターネット上などで時折見かけるのが「19世紀の売春宿の女主人に由来する」という説です。
エヴリン(Evelyn)というフランス出身の女性が経営する高級娼館があり、彼女が旧約聖書の「イヴ」になぞらえられていたことから、その娼婦たちを「イヴのリンゴ」と呼び、それが街の愛称になったというストーリーです。
物語としては面白いものの、歴史的な文献や記録による裏付けはなく、後年になって創作された都市伝説(俗説)であると見なされています。人に話す際は、競馬説を主軸にするのが正確です。
ニューヨークの5つの行政区の語源と成り立ち
ニューヨーク市は、マンハッタン、ブルックリン、クイーンズ、ブロンクス、スタテンアイランドという5つの行政区(ボロウ)で構成されています。
これら5つの地名も、それぞれ異なる文化圏の言葉から名付けられており、街が多様な移民によって形成された歴史を物語っています。
マンハッタン(Manhattan)
超高層ビルが林立するニューヨークの中心地マンハッタン。この名前は、ヨーロッパ人が到達する以前からこの地に住んでいた先住民(ネイティブアメリカン)のレナペ族の言葉に由来します。
語源とされるレナペ語の「Mannahatta(マナハッタ)」の意味には、いくつか有力な解釈が存在します。
- 多くの丘がある島:かつてのマンハッタンは平坦ではなく、起伏に富んだ地形でした。
- 弓を作るための木材が集まる島:良質な木材の産地であったとする説。
- 我々が酔っぱらった場所:白人から初めて酒を与えられた場所という逸話に基づく説。
現在では「多くの丘がある島」という解釈が最も広く支持されています。コンクリートジャングルとなった今の姿からは想像もつきませんが、自然豊かな美しい島だったことが名前からうかがえます。
クイーンズとブルックリンの対照的な名付け親
マンハッタンの東側に位置する巨大な2つの区は、まったく異なる背景で名付けられました。
クイーンズ(Queens)は、1683年にイギリス人によって設立された郡にルーツを持ちます。当時のイギリス国王チャールズ2世の王妃であったキャサリン・オブ・ブラガンザ(Catherine of Braganza)に敬意を表して「クイーンズ・カウンティ(王妃の郡)」と名付けられました。非常にイギリス的な命名です。
対照的にブルックリン(Brooklyn)は、オランダ植民地時代の記憶を留めています。オランダのユトレヒト州にある小さな町「Breukelen(ブルーケレン)」から移住してきた人々が開拓した土地であり、その故郷の名前が英語風に訛って「ブルックリン」へと変化しました。こちらはオランダの血を色濃く残しています。
ブロンクスとスタテンアイランドの足跡
ブロンクス(The Bronx)は、1639年にこの土地を購入し、農場を開いた初期の移民ヨナス・ブロンク(Jonas Bronck)の名前に由来します。スウェーデン生まれでオランダの船長を務めていた彼の農場を、人々が「ブロンクスの土地(Bronck’s land)」と呼んだことが定着しました。
そしてスタテンアイランド(Staten Island)は、オランダの連邦議会を意味する「Staten-Generaal(スターテン・ヘネラール)」に由来します。17世紀、オランダの探検家たちがこの島を発見した際、本国の議会に敬意を表して命名しました。
このように、5つの区の名前を見るだけでも、先住民、イギリス、オランダ、移民個人の歴史が複雑に絡み合っていることが分かります。
映画やコミックで有名な愛称の雑学
ニューヨークには「ビッグ・アップル」以外にも、メディアや文学を通じて定着した強烈な別名が存在します。
これらを知っておくと、映画やニュースに触れた際の解像度が一段と高まります。
バットマンでおなじみ「ゴッサム・シティ」の起源
DCコミックスの英雄バットマンが暗躍する架空の都市「ゴッサム・シティ」。そのモデルは間違いなくニューヨークですが、実は「ゴッサム(Gotham)」という言葉自体が、古くからニューヨークの裏の愛称として使われていました。
名付け親は、『スリーピー・ホロウの伝説』などで知られる19世紀の作家ワシントン・アーヴィングです。彼は1807年に創刊した風刺雑誌『サルマガンディ』の中で、ニューヨーク市を皮肉を込めて「ゴッサム」と呼びました。
本来、ゴッサムとはイギリスに実在する村の名前です。中世の民間伝承において、この村の住人は「馬鹿なふりをして国王の徴税を逃れた」という逸話があり、転じて「愚か者の村」「狂人たちの街」を意味する言葉となっていました。
アーヴィングは、気取って騒がしい当時のニューヨーカーたちをからかう意図でこの言葉を選びました。それが後年、コミックの退廃的な大都市の名前として見事に機能したわけです。
「エンパイア・ステート」が意味する帝国の誇り
ニューヨーク州全体の愛称として知られるのが「エンパイア・ステート(Empire State=帝国の州)」です。マンハッタンの象徴であるエンパイア・ステート・ビルの名前もここから来ています。
この威圧的とも言える愛称の正確な起源には諸説ありますが、初代アメリカ合衆国大統領ジョージ・ワシントンが、独立戦争におけるニューヨークの地理的・経済的な重要性を称え、「帝国の座(the Seat of the Empire)」と呼んだことに由来するという説が有力です。
富と力、そして野望が集まる場所。ニューヨークの圧倒的なプライドを端的に表した言葉です。
ニューヨークの由来でよくある勘違い
由来を調べる際、事実とは異なる解釈が広まっていることがあります。ここでは代表的な誤解を一つ解いておきましょう。
誤解:「新しいヨークシャテリアが発見された土地だからニューヨークである」
これは明らかな誤りです。犬種のヨークシャー・テリアもイギリスのヨークシャー地方に由来する名前ですが、ニューヨークの「ヨーク」とは直接の関連はありません。あくまで「ヨーク公」という人物の称号が起点です。
言葉の響きが似ていることから、子どもたちや冗談交じりの会話で誤解されることがありますが、歴史的事実として犬は関係ありません。
ニューヨークの由来に関するよくある質問
ニューヨークの由来・語源は?
イギリスの王族である「ヨーク公(後のジェームズ2世)」の称号にちなんで名付けられました。1664年にイギリスがオランダからこの地を奪取した際、国王チャールズ2世が弟のヨーク公に土地を与えたことがきっかけです。
ニューヨークの昔の名前は何ですか?
オランダの植民地時代は「ニューアムステルダム」と呼ばれていました。当時の中心地であったマンハッタン南端部につけられた名前で、オランダの首都アムステルダムに由来しています。
ニューヨークの愛称「ビッグ・アップル」の由来は何ですか?
1920年代に競馬情報紙の記者が「賞金の大きなレース」を意味する隠語として使い始め、後にジャズミュージシャンたちの間で「成功の象徴」「最高の舞台」として広まった説が最も有力です。
マンハッタンという名前の由来は?
先住民であるレナペ族の言葉「Mannahatta(多くの丘がある島)」に由来するという説が現在最も有力とされています。
ニューヨークが「ゴッサム」と呼ばれるのはなぜですか?
19世紀のアメリカの作家ワシントン・アーヴィングが、風刺雑誌の中でニューヨークを「愚か者の村」を意味するイギリスの村「ゴッサム」に例えて皮肉ったことが始まりです。
ニューヨークの由来まとめ
ニューヨークという名前の背景には、ただの地名を超えた大国の歴史が詰まっています。最後に、この記事の要点を整理します。
- ニューヨークの由来は、イギリスの王族「ヨーク公ジェームズ」である。
- 元々はオランダの領土であり「ニューアムステルダム」と呼ばれていたが、1664年にイギリスが奪取して改称した。
- 愛称「ビッグ・アップル」は、競馬界の隠語から始まり、ジャズミュージシャンが「成功の象徴」として広めた説が有力。
- マンハッタンは先住民の言葉、ブルックリンはオランダの地名など、5つの行政区には移民の歴史が刻まれている。
- 「ゴッサム」は作家が皮肉を込めて使った「愚か者の村」に由来する。
毎日何気なく耳にする「ニューヨーク」という響き。その裏側には、オランダとイギリスの熾烈な争いや、夢を求めて集まった人々の熱気、そして少しの皮肉が隠されています。
次に映画を観たり、ニュースでこの街の名前を聞いたときは、ぜひかつての「ニューアムステルダム」の風景や、ヨーク公の存在に思いを馳せてみてください。大都市の景色が、少し違って見えるはずです。