「当たるも八卦当たらぬも八卦(あたるもはっけあたらぬもはっけ)」の由来は、古代中国から伝わる「易(えき)占い」で用いられる基本要素である「八卦」にあります。
占いの結果が良くても悪くても、それに一喜一憂しすぎるべきではないという戒めや、外れた時の慰めとして、江戸時代以降に庶民の間で広まったとされています。
この記事では、「八卦」とは一体何なのかという言葉の成り立ちから、この言い回しを最初に使い始めたのは誰なのかという諸説、そして現代での正しい使い方や関連する雑学までを詳しく解説していきます。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 由来の結論 | 易占いで使われる「八卦」が語源。占いは絶対ではないという教訓。 |
| 言葉のルーツ | 古代中国の思想書『易経』に基づく占い。 |
| 言葉の意味 | 占いは当たることもあれば外れることもあるため、気にしすぎるなということ。 |
| この記事で分かること | 八卦の具体的な意味、言葉の誕生に関する諸説、類語やよくある誤解 |
当たるも八卦当たらぬも八卦の由来とは?結論から解説
このことわざは、文字通り「占い」そのものを題材にして生まれた言葉です。まずは結論となる由来の要点を解説します。
易占いの「八卦(はっけ)」が語源
「当たるも八卦当たらぬも八卦」という言葉は、古代中国を発祥とする「易(えき)占い」で用いられる「八卦(はっけ)」という言葉が語源です。
易占いとは、細い竹の棒(筮竹・ぜいちく)などを使って運勢を占う方法のことです。この占いにおいて、森羅万象を8つの要素に分類したものを「八卦」と呼びます。ここから転じて、日本では「八卦」という言葉自体が「占い」や「吉凶を判断すること」の代名詞として使われるようになりました。
つまり、「当たるも八卦当たらぬも八卦」とは、「当たるのも占い、外れるのも占い」という意味になります。
占いの結果に執着しないための戒めや慰め
どんなに腕の立つ占い師であっても、未来を100%完全に言い当てることは不可能です。この言葉は、そのような占いの不確実性を端的に表しています。
良い結果が出ても油断せず、悪い結果が出ても落ち込みすぎないようにという、人の心の持ちようを説く教訓として成立しました。江戸時代以降、町中に辻占いを行う易者が増え、庶民が気軽に占いを楽しむようになるにつれて、このリズミカルな言い回しが定着していったと考えられています。
そもそも「八卦(はっけ)」とは何か?言葉の成り立ち
由来の核心である「八卦」について、さらに深掘りしてみましょう。八卦とは単なる占いの道具ではなく、古代中国の壮大な宇宙観を表す言葉です。
古代中国の「易経」に基づく8つの基本要素
八卦のルーツは、古代中国の思想書である『易経(えききょう)』にあります。『易経』では、この世のあらゆる物事や自然現象は、8つの基本的な要素(象・しょう)の組み合わせで成り立っていると考えました。
その8つの要素とは、以下の通りです。
| 八卦の名称 | 読み方 | 象徴する自然現象 |
|---|---|---|
| 乾 | けん | 天 |
| 兌 | だ | 沢 |
| 離 | り | 火 |
| 震 | しん | 雷 |
| 巽 | そん | 風 |
| 坎 | かん | 水 |
| 艮 | ごん | 山 |
| 坤 | こん | 地 |
易占いでは、これらの要素を組み合わせて合計64種類のパターン(六十四卦)を作り出し、そこから現在の状況や未来の吉凶を読み解いていきます。
当たるも八卦の「八卦」は何を表しているのか
ことわざの中で使われている「八卦」は、上記の8つの要素を厳密に指しているわけではありません。
前述の通り、日本では易占いのことを親しみを込めて「八卦」と呼ぶようになりました。「当たるも八卦」と言った場合、それは「天や地などの要素」が当たるという意味ではなく、「易占い(ひいては占い全般)の結果」そのものを指しています。
ちなみに、相撲の行司が「はっけよい(八卦良い)」と声をかけるのも、この易占いの「八卦」が良い兆しを示しているという語源説が有名です。
この言葉は誰が使い始めたのか?(由来に関する諸説)
「当たるも八卦当たらぬも八卦」という言葉は、一体誰の口から生まれたのでしょうか。これには大きく分けて2つの視点からの説が存在します。
占い師(易者)が予防線として使ったという説
一つ目は、占いを提供する側の「易者(えきしゃ)」自身が使い始めたという説です。
占いの結果が外れた場合、客からクレームを受けたり、信用を失ったりするリスクがあります。そこで易者たちは、「占星術や易学は奥深いものですが、所詮は当たるも八卦、当たらぬも八卦ですよ。絶対ではありません」と、あらかじめ予防線を張るためにこの言葉を用いたとされています。
自らの逃げ道を用意するための、一種の処世術から生まれたという見方です。
占ってもらう客側が慰めとして使ったという説
二つ目は、占ってもらう「客側」や、一般の庶民の間から自然発生的に生まれたという説です。
悪い占い結果を出されて落ち込んでいる人に対して、周囲の友人が「気にすることはないよ、当たるも八卦当たらぬも八卦って言うじゃないか」と慰めるために使ったという背景です。
特定の誰かが発案したというよりは、占いという不確実な娯楽に対する庶民の適度な距離感や、達観した死生観が、語呂の良いこのフレーズを生み出し、定着させていったと考えるのが自然でしょう。
当たるも八卦当たらぬも八卦の意味と正しい使い方
現代の日常生活でこのことわざを正しく使うための、ニュアンスと例文を解説します。
本来の意味と込められたニュアンス
占いは当たることもあれば外れることもあるのだから、その結果に一喜一憂しすぎたり、人生の決断を完全に委ねたりしてはいけない、という意味です。
この言葉には、「物事はやってみなければ分からない」「ある程度は運任せの部分もある」という、肩の力を抜くためのポジティブなニュアンスが含まれています。ガチガチに結果にこだわるのではなく、適度に結果を手放すための便利な表現として重宝されます。
現代の日常やビジネスでの例文
現代でも、占いに限らず「予測不能な結果」を待つような場面で広く使われます。
- 朝の星占いランキングで最下位だったが、当たるも八卦当たらぬも八卦だと思って気にせず出社した。
- 明日の新製品の売れ行きばかりは、どれだけ市場調査をしても当たるも八卦当たらぬも八卦だ。
- 宝くじを買うときは、当たるも八卦当たらぬも八卦くらいの軽い気持ちで楽しむのがちょうど良い。
占いや運命にまつわる似た意味のことわざ
運命や占いに対する人間の向き合い方を表現した、似たような意味や由来を持つ言葉をいくつか紹介します。
易者身の上知らず(えきしゃみのうえしらず)
他人の運勢や未来を占ってアドバイスをする占い師(易者)であっても、自分自身の運命や不運については予測できず、避けることができないという意味です。他人のことはよく見えても、自分のことは分からないという人間の普遍的な心理を表しています。
明日は明日の風が吹く
先のことをくよくよと思い悩んでも仕方がない、明日になればまた新しい状況が生まれるのだから、成り行きに任せようという意味です。「当たらぬも八卦」と同様に、先の見えない未来に対して過度に執着しないための慰めの言葉として使われます。
運否天賦(うんぷてんぷ)
人の運や不運は天が与えるものであり、人間の力ではどうにもならない運命に任せることを意味する四字熟語です。自分の力が及ばない結果に対して、腹をくくる際に使われます。
当たるも八卦当たらぬも八卦の由来でよくある誤解
この言葉についてよくある誤解は、「八卦」という言葉を何かの「結果」や「現象」そのものだと勘違いしてしまうことです。
たとえば、「天気予報が外れたから、当たるも八卦当たらぬも八卦だね」と使う人がいますが、厳密に言えば少し不自然です。「八卦」とはあくまで「占い」のことであり、科学的な予測や統計に基づくものに対して使うのは、本来の語源からすると少しズレが生じます。
とはいえ、現代では「運任せのもの」「確実性がない予測」全般に対して比喩として使われることも多いため、完全に間違いとは言い切れません。ただ、語源が「易占い」であることを知っておくと、より適切な場面で使いこなせるようになります。
当たるも八卦当たらぬも八卦の由来に関するよくある質問
当たるも八卦当たらぬも八卦の「八卦」の読み方は?
「はっけ」と読みます。単独の言葉としては「はっか」と読むこともありますが、このことわざや相撲の「はっけよい」などの場合は、「はっけ」と読むのが一般的です。
八卦にはどのような種類がありますか?
古代中国の思想に基づく8つの要素で、乾(天)、兌(沢)、離(火)、震(雷)、巽(風)、坎(水)、艮(山)、坤(地)の8種類があります。これらを組み合わせて森羅万象を占います。
このことわざはポジティブな意味ですか、ネガティブな意味ですか?
基本的には、物事に執着しすぎないようにするための「ポジティブな慰め」や「適度な諦め」の意味として使われます。悪い結果が出ても落ち込まず、前を向くための言葉です。
自分で自分に対して使っても良い言葉ですか?
はい、問題ありません。「明日のプレゼンはどうなるか分からないけど、当たるも八卦当たらぬも八卦で頑張ろう」というように、自分の心のプレッシャーを和らげるためによく使われます。
当たるも八卦当たらぬも八卦の語源となった特定の事件はありますか?
特定の歴史的事件が語源になったわけではありません。江戸時代以降、辻占いが庶民の間に普及していく過程で、占いの不確実性を表す定型句として自然発生的に広まったと考えられています。
当たるも八卦当たらぬも八卦の由来まとめ
「当たるも八卦当たらぬも八卦」の由来は、古代中国の宇宙観をルーツとする「易占い(八卦)」にありました。
占いがどれほど的中しようとも、未来を100%保証するものはこの世に存在しません。このことわざは、占いを提供する側と受ける側の双方が、適度な距離感を保ちながら不確実な未来を楽しむために生み出した、一種の知恵と言えるでしょう。
現代の私たちも、情報や予測に振り回されそうになったときは、「当たるも八卦当たらぬも八卦」と心の中でつぶやき、肩の力を抜いて成り行きを楽しんでみるのも良いかもしれませんね。